前回、実家に帰省した時のこと。
自宅にタクシーを呼んで空港に向ったんですが、初老のタクシーの運転手さんが、
「○○××さんのご家族ですよ・・・ね?」
と、おっしゃる。○○××は私の父方の祖父の名前だ。電話でタクシーを呼んだとき姓は名乗っているので、それで気になって声をかけたらしい。
「あ、そうです。。」
その祖父は、もうすぐ40になろうという私が幼稚園の年長組だったときに他界している。35年くらい昔の話だ。
「あー、いやー、やっぱりそうでしたか。昔××さんは△△の仕事をしてらしたでしょう?あのとき私らはよく●●に飯に連れて行ってもらってですねぇ・・・。」
当時の仕事のこと、同僚のこと、どんな話をしたか、それからうちの祖父が仕事を変わった事、運転しながら懐かしそうに話をされる。タクシーには私の母も一緒に乗っていたんだけど、母は部分的には運転手さんの話に覚えがあるらしい。
私には祖父の思い出はほとんどない。顔も覚えていない。思い出せるのは、今、私が実家にいるときに使っている2階の四畳半の部屋でいつも寝ていた姿、寝たばこをしていた姿、そしてなぜか祖父が乗っていた白い日産サニーの後部の映像。その後は病院で臨終の際に酸素マスクをつけた姿を病室の外からちょっと覗いたこと、葬式になっても「死」の意味が実感できず親戚のお兄ちゃんとケタケタ遊んでいた事、斎場ではなく自宅で葬式をして父が見慣れない黒い礼服で挨拶していた事、それくらいなのです。
不思議な気分でした。もう他界して35年も経った人なんだけど、家族でもない、今はもう何の接点もなくなってしまった人の記憶の中に生きていたんだと。孫の私も知らない姿がこの人の記憶の中に生きているのかと。
あの人はどんな人生を送ったのだろうか。戦争には行ったのだろうか。あの戦争をどうやって乗り切ったのだろうか。
そしてまた30年も経てば、きっとそのタクシー運転手も他界し、私もいずれ死を迎え、祖父の記憶はこの世から完全に消えてしまうのか。
終戦記念日は過ぎてしまいましたが、今年の8月15日にはそんなことを思い出していました。
次に帰省した時には、父に祖父のことを少し聞いてみよう。なんかだか変に照れ臭いけど。
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